ソロモン ダイビング

Solomon ソロモン ダイビング

ソロモン ダイビング

多くのダイバーを魅了する世界屈指のダイビング王国
ガダルカナル島はソロモン諸島最大の島で、首都ホニアラから望む北側の海は太平洋戦争時、日本軍と米軍が幾度も艦隊戦を繰り広げたソロモン海戦の舞台で水深500mを越える海域です。
北側は砂地の斜面がなだらかに落ち込み、西側エスペランス岬を回ったあたりからリーフになっています。全般的に潮どおしがよくレックにはソフトやハードのサンゴが根付き、ときおりマンタなど回遊魚も通り過ぎていきます。
北側の砂地には日本軍が兵員物資を陸揚げするために乗り上げた貨物船や米軍の爆撃機が沈んでいます。そして西側には珍しい日本軍の伊号第1潜水艦のレックが水深17m付近に沈んでいます。この潜水艦は兵員撤収の際に撃沈されたもので、撃沈された後にこの地点まで曳航されました。その後魚雷の爆発で船体の損傷は激しいものの胴体部分や排水用のボンベなど潜水艦とわかるパーツを見ることができます。 ガダルカナル島のダイビングスポットは現在6箇所で、5箇所のレックポイントと1箇所のリーフポイントがあり、通常2日間程度のダイビングの場合はすべてレックポイントを行ないます。しかしここのレックポイントはいずれも潮どおしもよく、漁礁としてフィッシュウォッチングを楽しむこともできます。
日次基本スケジュール
1土曜日 成田発夜⇒
2日曜日朝 ポートモレスビー着 ⇒ 乗継 空路ソロモン諸島へ ホニアラ到着後送迎車にてホテルへ
3~6ビーチダイビング X 2ダイブ
7ガダルカナル島観光
8土曜日 ホニアラ発午前 ⇒  ポートモレスビー乗継 ⇒ 成田着夜

ソロモン諸島 ダイビング情報

鬼怒川丸(6,937トン)は1937年、三菱重工長崎造船所で、また宏川丸(6,872トン)は1940年に川崎重工神戸造船所で各々建造され太平洋戦争時に陸軍が徴用しました。
その後この2隻を含む11隻がガダルカナル島への第2次強行輸送作戦に参加しました。1942年11月15日、米軍の攻撃により撃沈または引き返した船もある中で、この2隻を含む4隻がガダルカナル島に到着しました。しかし攻撃が激しいため、この地点に擱座して強制揚陸しましたが、乗組員や人員は上陸したものの積荷のほとんどが破壊されてしまいました。

大日本帝国初の巡潜型潜水艦で1926年に川崎造船所で建造されました。
太平洋戦争では真珠湾攻撃から参加し、西オーストラリア方面で通称破壊任務につき、さらにアリューシャン攻略の支援に参加しました。
その後ソロモン方面へ進出し戦局の状況とともにガダルカナル島への輸送任務につきました。
1943年1月29日、この輸送作戦中に連合軍に発見され哨戒艇と魚雷艇と交戦、最後は魚雷艇と衝突して沈没しました。

B17は米国ボーイング社製の4発の重爆撃機でフラインドフォートレス(空の要塞)と呼ばれました。
この機は1942年9月4日にヘンダーソン飛行場(現ホニアラ国際空港)をショートランド諸島の日本軍基地爆撃のために出撃しましたが、零戦の編隊に攻撃され今の場所に不時着しました。
胴体の後ろ部分がなくなっており、コックピット部分は外装が腐食して操縦席が剥き出しになっていますが、前部は主翼や4基のエンジンとともに完全に残っています。

首都 ホニアラの観光

ソロモンのツアーの最終日はホニアラ観光が行われます。
両国の慰霊碑、連合軍が上陸の際に使用した水陸両用車が数多く放置されているテテレビーチ、兵士や物資を揚陸するために砲撃の中を浜に乗り上げた日本軍の輸送船「鬼怒川丸」、その船体が一部を水面に覗かせて横たわるこのビーチはダイビングスポットやビーチピクニック場として地元の人気スポットでもあります。

ソロモン諸島 ホテル情報

ソロモン諸島の首都、ガダルカナル島のホニアラの中心地海沿いに建つ日本企業、北野建設が所有運営するホテルで支配人、マネージャー2名の日本人が駐在している。
建物は南国ムードに溢れ、白砂のビーチと広々としたプールをもつ。
レストランでは日本食メニューが充実しており、日本円からソロモンドルへの換金もしてくれる。
部屋のTVには常時NHKが2局放映されており、日本人にとっては快適で安心できるホテル。

【ホテル施設】
ギフトショップ、インターネットルーム、ランドリー、 セイフティーボックス、プール、ビーチ
【客室備品】シャワー、バスタブ、エアコン、冷蔵庫、テレビ、電話
【日本人スタッフ】2名在住

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